FC2ブログ

記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

わたしが「救われ」て気が付いた事のまとめ

わたしが「救い」と言う時、それは「癒し」みたいな優しいものではない。「生きるための爆発力を与える」と言う感じだ。

twitter上で、「理不尽さと悔しさと憤り」を爆発させていたわたしに、タイのお坊さんプラユキ師は声を掛けてくれた。
それはわたしにとってそれだけで物凄い救いであった。芋づる式に今までの思索が蘇ったのだ。

プラユキ師は別の場所で仰った。
「やる気はエンジンキーではない。メーターである」と。
細かく解釈すれば、シリンダー内の爆発を表すものだ。人が生きる時、「生きる!」という”無意識の中の” 決意にも似た爆発が必要だと思う。

==

そしてわたしは、悩んでいる人に対して気安く「聞いてあげられるだけ聞く」その上で「協力できる事は協力する」というように、少なくともWEB上では「言葉のやり取り」による「救い」をしている「つもり」であった。
けれど、それは思い上がりだと心の底から気づいた。
(うっすら気づいてはいた)

上手く説明は出来ないけれど「救い」は、本当に救われた事のある者にしか出来ない。
「知る」がなければ「出来る」はない。
結局わたしは高望みをして「救いたい、救いたい」と思うばかりで本当には人を救えず、うわべだけで、ごまかしの言葉だけで人の苦しみに対処していたのだ。
それはやはり思い上がりであり、モルヒネを処方することで痛みを引かせ「治った」と言い張るような行為であり、反省すべきことだ。

もしSOSらしき信号を出している人を救おうとするならば、わたしは相手の人生に資する言葉を選ばなければいけない。

その為には、一度でも本当に救われた経験が必要であるし、もっともっと深い思索の上で、生きるのが楽になる、生きる力がシリンダーの中で効率よく爆発するような、そんな言葉を投げなければならず、それは一方通行ではなく、シリンダーが上下するかの如く、キャッチボールでなければならない。それが本当の「救い」であるように思う。

師は仰った。「ゴーヤという苦い食べ物がある。しかしそれは工夫を重ねる事でゴーヤチャンプルという美味しい料理になる。人生の苦みも同じく、工夫することで生きる事に資するものとなる。それを良い仲間と共に出来るならばさらに喜ばしい事である」。
(師はもともと日本人である)
わたしは出来るだけ共にゴーヤチャンプルを囲む良き仲間でいたいと思う。

師のおかげで少し見晴らしの良い場所に出られたような、そんな気がしている。




にほんブログ村 ゲームブログ 大航海時代Onlineへ


スポンサーサイト

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ソシュール

Author:ソシュール
いや、ほんと申し訳ない
A鯖 ロンドン
所属:フライング・サーカス
[禁煙中]
フライング・サーカスポータルはここ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。