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プロレスの話。

ソシュールです♪

今回は、更新をサボった事でランキングの凄い下の方に落ちた為、これを良い事に自分語りでもやろうかと思っています♪


 プロレスにまみれた人生を送ってきました。
 ソシュールの母は、ソシュールが産れる前からアントニオ猪木信者でした。
 ソシュールの今思い出せるもっとも古いの記憶は、マサ斎藤が泡を吹きながら運ばれていくシーンです。
後からから調べるとその記憶は、ソシュールが2歳の時行われた、アントニオ猪木VSマサ斎藤のノールール、観客無しの「巌流島決戦」だったようです。

その後物心がつくと、母は闘魂三銃士に夢中になります。中でも蝶野正洋のファンで、よく観ていましたが、ソシュールの眼には「何か地味なおじさんが床でごそごそやってる」という印象しかありませんでした。

母は夜型人間で寝るのが遅く、それに引きずられてソシュールも夜遅く寝る子でした。
「イカ天」が終わった後に放送される全日本プロレス中継(午前1時くらい)をなんとなく観ておりました。
そこでタイガーマスクがマスクを脱いで三沢光晴になるという事件を目撃しました。
(今、wikiで確認しましたら1990年の事だったようです)

その後、はっきりと覚えているのはジャンボ鶴田やスタン・ハンセン、三沢光晴、川田利明などなどの激闘の数々です。小学生だったソシュールを泣かせたのは三沢がジャンボ鶴田をシングルマッチで倒した試合でした。あの強すぎるジャンボ鶴田を倒した試合(どの試合かは覚えていません)は、新日本プロレス派だった筈の母と共に泣きました。

 その後、ソシュールが小学校高学年だったか中学生になった頃から、後楽園ホールに数回、両親と全日本プロレスを生で観に行く機会がありました。
 何回目に観に行った時か覚えてませんが、休憩時間に自動販売機でジュースを買おうとした際、周りが急に暗くなり何事かと慌てふためいておりましたら、ソシュールの真後ろに馬場さんが並んでいました。驚いて馬場さんの顔を見ると、馬場さんはソシュールの眼を見てゆっくり眉を上げました。馬場さんの亡くなる直前の事でしたので、よく覚えています。それからソシュールはずっと馬場さんのファンです。
いまでも youtube で馬場さんの若い時の躍動感にあふれた試合を観ては懐かしんでいます(産れてなかったのに)。
さらにそこから発展して、昭和、平成初期のプロレスを掘り下げ、今では非常にマニアックなファンになってしまっています(50代の知り合いとプロレスの話題で盛り上がれます)。
現在の調査対象は国際プロレス在籍時にラッシャー木村が開発した「逆4の字固め」です。凄い痛い技だったらしいですが、観客にそれが伝わりづらいという理由で封印され、今ではその詳細に関して語られる事はほとんどありません。


ソシュールの大事な時期を彩ったプロレスラーはもうほとんど引退しているか、亡くなっていますが、その頃の語り部として頑張っていきたいなと思う次第です。

今回は文字だけで申し訳ない。



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プロフィール

ソシュール

Author:ソシュール
いや、ほんと申し訳ない
A鯖 ロンドン
所属:フライング・サーカス
[禁煙中]
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